会社の歯車として働く日々、
いつか世のためなる商いを。
ToBuToRi
ジャーナリング

自分の思う通りに生きる

今週の振り返りに加えて、一週間の自分を考えたときに、これからは自分の思いに正直に生きていく必要があるんだと思いました。

自分らしく生きる

社会人人生を過ごす中で、出来ることも増えてきて、自分の考えを持って仕事をすることも出来ていると思っていた。

自分の思ったこと、考えたことは言おうと思い、自分のしたいことをやっていたと思っていた。

しかし、とあるキッカケで自分が忖度をして生きるようになってしまったことに気がついた。

そして、もうこれからは忖度しないで生きようと思ったんだ。

自分のやりたいことはなんなんだ

会社に入ったはじめは、給料を上げたいなんて思って、そのために働いてきた。

しかし、一定の水準を超えた時、特に物欲もない自分には給料は追い求めるものでなくなった。

そして、それに伴い役職などは興味の範囲外になった。

そんなときに自分の中に湧いてきたのは自分は何がやりたいんだろうかということだった。

それまでは先輩に褒められるため、評価してもらうために、出来ない自分が出来るようになるために必死にやってきた。

誰かに必要とされるのも嬉しいし、何かを成すことも嬉しい。

そうやって10年ほど過ごしてきて、ある分野ではある程度の仕事が出来るようになっていった。

しかし、自分のやりたいことはちゃんと理解出来ていなかった。

自分を理解する

自分のやりたいこともそうだが、自分がどういった人間であるかということもろくに自分にはわかっていなかった。

そんな中、ある先輩に出会い、会話を重ねるうちに、自分のことを言語化したり、内省することにより自分を理解して、やりたいことを明確にしていくことが出来るのではないかということに気がついた。

このジャーナリングも自分のそういった活動の一つとなり、人と会話をすることでさらに理解は深まった。

しかし、まだ分からないことは多くあり、仮説にしかすぎない部分もある気がして、これからもこの活動は続けてアップデートする必要があるんだと気がついた。

自分の居場所

朧げながら自分のことがわかったのに加え、ある人から忖度をして仕事をしていると言われ、自分の中に衝撃が走った。

実際に言われた事柄はそうだったのだが、自分ではそうではないと思っていた過去の自分もそうだと言われたことに衝撃が走ったのだ。

会社でもそれなりに評価され、地位も上がった、それに伴い給料も上がった。

実はそれをするには会社に自分のベクトルを揃えて行くのが簡単だったのだ。

上が求めることになんとなく寄り添いながら、自分が思っていることをやれていると思い込む。

自分がやりたいと思っていることも言語化できていないからベクトルが寄っていることにも気が付かなかった。

しかし、なんとなくやりたいことが見えた今になって振り返ると、今いる組織と自分のやりたいことは明らかに違っていて、しかし、会社に評価されたいがために、求められるものに擦り寄っていたのだ。

これからの生き方

社会人人生も10年を超えた。

自分は不健康だからそんなに長生きはしないと思うが人生100年時代だと言われる。

そんな中で、これから生きていくためには楽しく仕事をして成長し続ける必要があると思う。

そうした時に、自分のやりたいことをやらないで生きていくことは出来ない。

そして、悶々と生きる無駄な時間を過ごすことも出来ない。

だったら今やるべき行動は一つ。

自分の今の環境を捨てて、新しい環境に出ることだろう。

それは別に転職と言っている訳ではない。

社内にもまだやったことない仕事は多くある。

そして、自分が目指すやりたいことに向けた一歩になるところがあるのであれば、今の自分の評価などを捨ててでもそこに飛び出すべきだと思えたんだ。